ロミオとヂュリエット

既存の翻訳(人の手による訳) · 訳 坪内逍遥 (†1935) · 出典: 青空文庫 Aozora Bunko · パブリックドメイン

藥種屋 されば、其樣な大毒藥をば貯へてはをりまするが、マンチュアの御法度では、賣ったりゃ、命がござりませぬ。

ロミオ 其樣に貧しうあさましう暮してゐても、汝は死ぬるのが怖しいか? 飢は頬に、逼迫は眼に、侮辱貧窮は背に懸ってある。無情い此浮世に法度はあっても、つゆ汝の爲にはならぬ。ならば、貧を守るにも及ばぬ。法度を犯して之を取りゃれ。

藥種屋 意は好みませねど、貧苦めがお言葉に從ひまする。

ロミオ 此方も其貧苦にこそ拂へ、意には拂はぬわい。

藥種屋 (藥瓶を渡しながら)これをばお好みの飮料に入れて飮ませられい。たとひ二十人力おじゃらしませうとも、立地に片附かッしゃりませう。

ロミオ 此黄金を遣すぞ、これこそは人の心の大毒藥ぢゃ、汝が賣りかぬる此些末なる藥種よりも此濁世では遙に怖しい人殺しをするもの。汝では無うて予こそは毒を賣るのぢゃ。さらば。食物を買めて些と肉を附けたがよい。……(行きかけて藥瓶を見て)毒ではない興奮劑よ、さア一しょに、ヂュリエットの墓へ來い、あそこで汝を使はにゃならぬ。

二人ともに入る。

第二場 ※ローナ。ロレンス法師の庵室。

フランシス派の僧ヂョン出る。

ヂョン フランシス宗の御僧はゐさしますか! なう/\、御坊!

ロレンス法師出る。

ロレ あれはヂョン坊の聲ぢゃ。……さてようこそお戻りゃったマンチュアから。してロミオは何と被言った? 若し筆に物せられたならば、其書面を見せやれ、

ヂョン いやの、同伴者に連立たうとて、同門跣足の或御坊を尋ねて、町で或病家をお見舞やってゐるのに逢うたところ、町の檢疫の役人衆に兩人ながら時疫の家にゐたものぢゃと疑はれて、戸外へ出ることを禁められた、それゆゑマンチュアの急用も其場で止められてしまうたわいの。

ロレ すれば誰が持って往んだぞ、ロミオへの予の書状は?

ヂョン はて、屆けることを能うせなんだのぢゃ。……これ、此通り持って戻った。……此庵へ屆けうと思うてもな、皆が傳染を怖がりをるによって、使の男さへも雇へなんだわいの。

ロレ はれ、それは物怪の不運の! 眞實、重大な容易ならぬ用向の其書面、それが等閑になった上は、どのやうな一大事が出來うも知れぬ。御坊よ、早う往て、何處ぞで、鐵梃を才覺して、急いで此處へ持って來て下され。

ヂョン うゝ、すれば、往て持來う。

ヂョン坊入る。

ロレ 此上は、そっと墓所まで往かねばならぬ。此三時が間に、ヂュリエットは目を覺さう。始終をロミオに知らせなんだとお知りゃったら嘸予を怨むであらう。したが、マンチュアへは改めて書送り、ロミオがお來やるまでは、姫を庵室にかくまっておかう。不便や、生きた骸となって、死人の墓の中に埋れてゐやる!

ロレンス入る。

第三場 同處。墓場。(此裡にカピューレット家代々の廟所ある體)。深夜。

パリス先に、侍童從いて、草花と炬火とを携へて出で來る。

パリス 侍童よ、其炬火をおこせ。彼方へ往て、つッと離れてゐい。……いや、それを消せ、人目に掛りたうない。あの水松の下で、長々と横になって、此洞めいた地の上に直と耳を附けてゐい、穴を掘るので、土が緩んで、和いでゐるによって、踏めば直に足音が聞えう。したら、人が來たといふ知らせに、口笛を吹かうぞ。その花もおこせ。吩附けたやうにせい、さ。

侍童 (傍を向きて)こんな墓原に一人立ってゐるのは怖らしい、が、ま、やって見よう。

侍童物※へ退る。

パリス (廟の前へ進みて)なつかしい花の我妹子、花を此新床の上に撒いて……あゝ、天蓋は石や土塊……其撒いた草花に夜毎に香る水を注がう。若しそれが盡きたなら、歎きに搾る予が涙を。和女への夜毎の手向は、かうして花を撒いて泣くことぢゃわい。

此時、侍童あなたにて口笛を吹く。

むゝ、侍童めが何か來たと知らせをる。いま/\しい、何者であらう、今頃此邊へ彷徨うて、俺が眞情の囘向をば妨げをる。や、炬火を持って來るわ!……夜よ、ちっとの間、俺を包んでくれい。

パリス退る。

ロミオ先に、バルターザー炬火、鶴嘴等を携へて出る。

ロミオ 其鶴嘴と鐵梃を此方へ。こりゃ、此書状をば、明日早う父上へ屆けてくれ。其炬火をこちへ。さて、確と申附くる、如何な事を見聞せうとも、悉く立離れ、予が仕事の妨碍をばすまいぞよ。予が廟へ降りるは、姫の面を見ようがためでもあるが、それよりも姫が身に着けた貴い指輪を或大切な用に使はうため取外して來るのが主な目的ぢゃによって、早う往ね。若し疑うて立戻り、予が所行を窺ひなど致さうなら、天も照覽あれ、汝が四肢五體を寸々に切裂き、飽くことを知らぬ此墓を肥すべく撒き散らさうぞよ。時刻が時刻ゆゑ、俺の心は殘忍、兇暴、餓ゑたる虎、鳴渡る荒海よりも猛しいぞよ。

バルタ はい/\、立去りまする、お妨碍は仕りませぬ。

ロミオ それでこそ予への忠節。これを取れ。(と金子を與へ)末長うめでたう暮せ。さらばぢゃ。

バルタ (傍を向きて)あゝは言はせられるが、ま、此邊にかくれてゐよう。お顏の色も心懸り、お心の中も疑はしい。

物※へ退る。

ロミオ (廟の前に進みて)汝、死の母胎め、世に又とない珍羞を貪り食ひをった憎い胃の腑め、汝の腐った顎をば、まッ此のやうに押開いて、(と廟の扉を抉ぢあけながら)汝への面當に、無理に食餌を填充まう。

廟扉を開く。

パリス ありゃ追放された高慢なモンタギューめぢゃ。彼奴が從兄を殺したゆゑ、美しい戀人が、愁歎の餘りにお死にゃったといふこと。こゝへ來をったは、死骸に侮辱を加へよう爲でがな。捉へてくれう。……やい、モンタギューめ、破廉恥な所行を止めい。怨を死骸にまで及ぼさうとは、墮地獄の人非人め、引立つる、尋常に從いて來い。生けてはおかぬぞ。

ロミオ いかにも、生きてをられぬ身ぢゃ。なればこそ此墓へは來た。いやなう、若、命知らずの者に手出しをなさるな。早うお迯げなされ。此亡者達の事を思うて怖れたがよい。予を腹立たせて、又の罪惡を犯させて下さるな。おゝ、速う去なしゃれ。眞實、予は自分よりも足下を可愛しう思うてゐる、予は自殺をしようと覺悟して此處へ來た者であるに依って。さゝ、速う去なしゃれ。生存へて、後日、自分は、狂人の仁情で、危い所を助かったとお言ひなされ。

パリス どう頼まうとも聽かぬわい。重罪人として引立つるは。

ロミオ では俺を怒らす氣か? ならば、覺悟せい!

二人劍を拔いて戰ふ。

侍童 大變ぢゃ、戰うてぢゃ! 速う夜番の衆を呼んで來よう。

侍童入る。此中にパリス手を負うて倒るゝ。

パリス おゝ、しまうた!……仁情があるなら廟を開いてヂュリエットと一しょに埋めてくれい。

パリス息絶ゆる。

ロミオ おゝ、承引したぞ。……面を檢べて見よう。……マーキューシオーの親戚のパリス殿ぢゃ! 馬に騎って來る途中、家來めが何とか言うた、心が亂れてゐて善う聽いてはゐなんだが? ヂュリエットと此パリスとが婚禮をする筈であったとか言うた。いや、さうは言はなんだか? 夢か? 今がたパリスが、ヂュリエットの事を言うたゆゑ、それで此樣なことを思ふのか? 此心が狂うたか?……おゝお手をおこしゃれ、薄運の名簿の裡に、俺と並べ書にせられた足下ぢゃ! 予が今埋めて進ぜよう名譽の墓に。墓か? いや/\、こりゃ墓ではない、明り窓ぢゃ、なア、足下。はて、ヂュリエットが居るゆゑに、其艶麗さで、此窖が光り輝く宴席とも見ゆるわい。……死人どのよ、死人の手で埋められて、其處で臥やれ。

パリスの死骸を廟の中に横たへる。

人は動もすれば、其最期に心が浮かるゝ! それを看護人が死ぬる前の電光と命んでゐる。おゝ、これが電光と言はれようか?……おゝ、戀人よ! 我妻よ! 卿の息の蜜を吸ひ盡した死神も、卿の艶麗さには能い勝たいでか、其蒼白い旗影はなうて美の旗章の鮮な此唇、此兩頬。……おゝ、チッバルト、足下も其處にゐるか、血に染みたまゝで? まだ嫩若い足下を眞二つにした其同じ手で、當の敵を切殺して進ぜるが、せめてもの追善ぢゃ。從兄どの、赦してくれい。……あゝ、戀しい、懷しい、ヂュリエット、何として今尚ほ斯うも艶麗ぢゃ? 若しや形のない死神が卿の色香に迷うて、あの骨ばかりの怪物めが、己が嬖妾にしようために、此黒闇に蓄うておくのではないか知らぬ。それが氣懸りゆゑ、俺ゃもう決して此暗の館を離れぬ。卿の侍女の蛆共と一しょに俺ゃ永久も此處にゐよう。おゝ、今こゝで永劫安處の法を定め、憂世に※き果てた此肉體から薄運の軛を振落さう。……眼よ、見よ、これが最後ぢゃぞ! 腕よ、抱け、これが最後ぢゃ! おゝ、息の戸の脣よ、人の命を長永に買占むる死の證文に天下晴れた接吻の奧印せよ!……(毒藥の瓶を取り出し)さ、來い、苦い、飮みぐるしい案内者よ! やい、命知らずの舵手よ、苦しい海に病み疲れた此小船を、速う巖礁角へ乘上げてくれ!……さ、戀人に!(と飮む)。おゝ、眞實な彼藥種屋、效力は忽ち……かう接吻して俺ゃ死ぬるわ。

ヂュリエットへ臥し重なるやうにして息絶る。

此時、一方へロレンス法師が提燈、鶴嘴、鋤等を携へて出で來る。

ロレ 南無やフランシス上人、護らせられい! はれ、けったいな、今宵此老脚が幾たび墓穴に蹉躓いたことやら!……誰れぢゃ、そこにゐるのは?

バルタ 怪しうは無い者、貴僧を善う存じてをる者でござる。

ロレ ほい、其許か! さらば問はうが、あしこのあの炬火は、ありゃ何でおじゃる、蛆蟲や目も無い髑髏を空しう照すあの光は? かう見たところ、カペル家の廟舍の前ぢゃが。

バルタ 其通りにござります。あそこに主人が居られまする、御坊の可憐しう思はせらるゝ。

ロレ とは誰れぢゃ?

バルタ ロミオさまでござります。

ロレ え、こゝへ參られて久しいか?

バルタ 半時餘りになりまする。

ロレ なりゃ墓穴まで一しょにおじゃれ。

バルタ いや、僕は能い行きませぬ。主人は僕をば既往んだとのみ思うてをられます。若しも此處に止まって樣子など窺はうならば、斬殺してのけうと、怖しい見脈で嚇されました。

ロレ ならば、此處にござれ。予が獨で往かう。はて、氣懸になって來たわ。おゝ、こりゃ何か不祥な事が出來したのでは無いか知らぬまでい。

バルタ 最前、此水松の蔭で居眠ってゐますうちに、夢うつゝに、主人とさる人とが戰うて、主人が其人をば殺したと見ました。

ロレンスは廟の方へ進む。

ロレ ローミオー! あら、あら、何事ぢゃ此血汐は、これ、此廟舍の入口の石を染めた此血汐は? 主もない此劍は? 此樣な平和の場所に血まぶれにして棄てゝあるは、こりゃ何としたことであらう?

と廟の中へ進み入る。

や、ローミオー! おゝ、色は蒼白!……外にも誰やら? や、パリスどのまで? 剩さへ血汐に浸って?……あゝ/\、何といふ無慚な時刻ぢゃ、如是あさましい事をば一時に爲出來すとは!……や、姫が身動爲やる。

此時ヂュリエット目を開く。

ヂュリ おゝ、嬉しや御坊樣か! 殿御は何處にぢゃ? 行き處は記えてゐる、おゝ、さうぢゃ、そこへ予は來てゐるのぢゃ?

ロミオは何處にぢゃ?

奧にて多勢の人聲する。

ロレ 人聲がする。……こりゃ姫よ、ま、早う出てござれ、そこは死や疫癘や無理な睡眠の宿ぢゃほどに。人間以上の力の爲に折角の計畫が皆敗れた、さ、早うござれ。和女の殿御は、それ、其處に胸元にお死にゃってぢゃ。パリスどのもぢゃ。さゝ、尼御達の仲間中へ、頼うで和女を入れておかう。あれ、夜番が來るわ、委細の事は後で/\。さゝ、ヂュリエット、ござれ/\。予ゃもう此處には能うをらぬわ。

ロレンス狼狽へて入る。

ヂュリ さ、速う去しゃれ、予は去ぬほどに。……こりゃ何ぢゃ? 戀人が手に握りゃったは盃か? さては毒を飮んで非業の最期をお爲やったのぢゃな。……まア、あたじけない! 皆な飮んでしまうて、隨いて行かう予の爲に只一滴をも殘しておいてはくれぬ。……お前の脣を吸はうぞ。毒がまだ殘って居たら、それこそは假の命から實の命へ囘らする大妙藥!……まだ温い、お前の脣!

とロミオの死骸に接吻する。

此時奧にて又多勢の人聲する。

番甲 (奧にて)案内せい。どちらぢゃ。

ヂュリ や、人聲? なりゃ、片時も早う。……おゝ、嬉しや、短劍!(ロミオが佩びたる短劍を取りて)さ、鞘はこゝに。(と胸を貫き)そこに居附いて、予を死なせてくれ。

と息絶ゆる。

夜番の者甲、乙、丙、其他多勢パリスの侍童を案内者にして出る。

侍童 こゝぢゃ。あの炬火が燃えてをる處がそれぢゃ。

番甲 此邊は血だらけぢゃ。墓場の界隈を探さっしゃい。さゝ、見つけ次第に、かまうたことは無い、引立てめさ。

二三人入る。

はれ、無慚な! こゝに若殿が殺されてござる、のみならず、既う二日も葬られてござったヂュリエットどのが、つい今がた死なっしゃれたやうに血を流して、温いまゝで。……誰れぞ早う御領主樣へ。カピューレットどのゝ邸へも走った。モンタギューどのを起して來い。他の者は、探せ/\。

夜番頭の甲のみ殘りて皆々入る。

不運な人達が臥ておりゃる地盤だけは善う見えるが、此不運の眞の原因は、よう査べて見ぬうちは分らぬわい。

夜番の乙、外一二人バルターザーを引立てゝ出る。

番乙 これはロミオどのゝ家來でおりゃる。墓場で見付けました。

番甲 殿さまの渡らせらるゝまで、逃さぬやうに護ってござれ。

他の夜番の者丙、ロレンス法師を引立てゝ出る。

番丙 これなる老僧は、顫へながら溜息を吐き、涙を流してをりまする。只今墓場から參るところを取押へて、これなる鋤と鶴嘴とを取上げました。

番甲 甚う胡散な。その僧をも留めておかっしゃい。

領主、多勢の從者を引連れて出る。

領主 朝まだきに如何なる珍事が出來したのぢゃ、予が夢を驚かして呼出だすは?

カピューレット長者夫婦、其他出る。

カピ長 何とした事ぢゃ、街上にて人々の叫き立つるは?

カピ妻 往來の人々は、或ひはロミオと呼び、或ひはヂュリエット、或ひはパリスと呼びかはして、聲々に叫き立て、吾屋の廟屋へと急ぎまする。

領主 吾等の耳を驚かす變事とは何事ぢゃ?

番甲 申上げまする、こゝにパリス樣が殺されて居させられます、またロミオにも、また其以前に死去りました筈のヂュリエットにも、體温のあるまゝ、新しく殺されてをられまする。

領主 あくまでも手を盡して此虐殺の所因を査べい。

番甲 これにをりまする老僧、また殺されましたるロミオの僕一人、何れも墓を發きまするに屈竟の道具をば携へてをりまする。

カピ長 やゝ、これは! おゝ、我妻よ、あれ、見さしませ、愛女の體内から血が流るゝ! えゝ、此劍は住家をば間違へをったわ。こやつが住むべきモンタギューが腰なる宿は裳脱の殼で、無慚や、愛女の胸が鞘!

カピ妻 おゝ、悲しや! 此慘しい死樣は、老いゆく此身をば墓へ急がす死鐘ぢゃ。

モンタギュー長者、其他出る。

領主 さ、こゝへ、モンタギュー。時ならず早う起出でめされたが、目に入るものは、時ならず早う臥た息子どのゝ寐姿ぢゃ。

モン長 なう、情なや、我君! 我子の追放を歎悲の餘りに衰へて、妻は昨夜相果ました。尚此上にも老人をさいなむは如何なる不幸ぢゃ。

領主 あれ、あれをお見ゃれ。

モン長 おゝ、汝、不所存者めが! 父を押退けて先へ墓へ入らうとは、何といふ作法知らずぢゃ、汝!

領主 暫時叫喚の口を閉ぢよ、先づ此疑惑を明かにして其源流を取調べん。然る後、われ將た卿等の悲歎を率ゐて、敵の命をも取遣はさん。先づそれまでは悲歎を忍んで、此不祥事の吟味を主とせい。……嫌疑の徒輩を引出せ。

ロレ 手前こそは、力量は最ち不足ながら、時も處も手前に不利でござるゆゑ、此怖しい殺人の第一番の嫌疑者でござりませう。只今此處にて呪はるべくもあり、恕さるべくもある手前の所行を告發もし、辯解も仕りませう。

領主 さらば、汝が存じをる限りを疾く申せ。

ロレ 手短に申しませう、管々しう申さうには命が覺束なうござりまする。……そこにお死にゃったるロミオこそはヂュリエットが正しい夫、またそこにお死にゃったるヂュリエットこそはそのロミオが貞節なる宿の妻、二人を嫁したは手前。また二人が内祝言の日はチッバルトどのゝ大厄日、非業の最期が因となって新婿どのには當市お構ひの身の上となり、ヂュリエットどのゝ悲歎の種、さうとは知らずチッバルトどのをお歎きゃるとのみ思召され、其歎を除かうとてパリスどのへ無理強ひの婚禮沙汰、其時姫が庵室へわせられ、此二度の祝言を脱るゝ手段を教へてくれい、然なくば此處で自害すると半狂亂の面持、是非なく、自得の法により、眠劑を授けましたところ、案の如くに效力ありて、死せるにひとしき其容態、手前其間に書状して、藥力の盡るは今宵、姫をば假の墓所より、來りて救ひ出されよ、とロミオ方へ申し遣りしに、使僧ヂョンと申す者、不慮の事にて抑留められ、夜前其書を持歸ってござりまするゆゑ、目覺めなば嘸當惑、と姫を救ひ出さんため、只一人にて參りしは、窃に庵室にかくまひおき、後日機を見て、ロミオへ送り屆けん存念、然るに參り見れば、姫の目覺むる少しき前方、非業の最期はパリスどのとロミオどの。其中、姫の目覺めしゆゑ、天の爲せる業は是非に及ばず、ともかく出てござれ、と勸むるうちに、近づく人聲、予駭き逃出ましたが、絶望の餘にや、姫は續いて參りもせず、やがて自害を致したと相見えまする。手前が存じをりまするは是限り。内祝言の儀は乳母が善う承知の筈。何事にまれ、予が不埓と御檢斷遊ばれうならば、餘命幾何もなき老骨、如何な御嚴刑にも處せられませう。

領主 予は常に足下をば正しい僧と信じてをったわ。……ロミオの僕は何處にをる? 彼れは此儀に對して何と申すぞ?

バルタ 僕めは、ヂュリエット樣お死去の事をば、マンチュアの主人方へ傳へましたるところ、主人は直に驛馬にて、彼處から御廟所まで參られ、墓へ入られまする前に、此書面を朝早う親御樣へ渡してくれいと申され、速かに此處を立去らずば殺してしまふぞと嚇されました。

領主 其書面見ようわ。これへ。……して、夜番を呼起した伯の侍童とやらは何處に居る?……こりや、其方の主人は此處へは何しにわせたぞ?

侍童 御方の墓へ撒うとて花を持ってわせられました。遠くへ離れてゐいと仰せられましたゆゑ、僕はさやう致しました。やがて燈火を持った人がわせて、墓を發かうと爲やしゃるやいな、御主人は劍を拔かしゃれました。それで僕は走出して夜番の衆を呼びました。

領主 此書面にて僧が申條の證は立ったり、情事の顛末、女が死去の報告また貧窮なる藥種屋より毒藥を買求めてそれを持參し、此處なる女の墓の中にて自殺なさん底意まで、明白と相成ったわ。……仇敵同士は何れにあるぞ? カピューレット! モンタギュー!……見い、是皆汝等が相憎惡の懲罰、天は故と子供等を愛しあはせ、以て汝等が歡樂をば殺させられたわ。予將た汝等の確執を等閑に視過したる罪によって、近親を二人までも失うた。御罰に漏れたる者はない。

カピ長 おゝ、モンタギューどの、御手をば與へさせられい。これをこそ愛女への御結納とも思ひまする、他に望とてはござらぬわい。

モン長 いや、こなたよりはまだ參らするものがおぢゃる。吾等純金にて姫の像を建て申し、此※ローナが同じ呼名で知らるゝ限り、貞節なヂュリエットどのゝ黄金の像をば上無き記念と崇めさせん。

カピ長 女と並べてロミオどのゝ黄金の像をも建て申そう、互ひの不和の憫然な犧牲!

領主 物悲しげなる靜けさをば此朝景色が齎する。日も悲しみてか、面を見せぬわ。いざ、共に彼方へ往て、盡きぬ愁歎を語り合はん。赦すべき者もあれば、罰すべき者もある。哀れなる物語は多けれども、此ロミオとヂュリエットの戀物語に優るはないわい。

皆々徐かに入る。

ロミオとヂュリエット (完)

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